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規制権限の不行使(不作為)を理由とする国家賠償請求

【令和3年行政書士試験出題】

【問題】規制権限の不行使(不作為)を理由とする国家賠償請求に関する次のア~エの記述のうち、最高裁判所の判例に照らし、妥当なものの組合せはどれか。

ア 石綿製品の製造等を行う工場または作業場の労働者が石綿の粉じんにばく露したことにつき、一定の時点以降、労働大臣(当時)が労働基準法に基づく省令制定権限を行使して罰則をもって上記の工場等に局所排気装置を設置することを義務付けなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法である。

イ 鉱山労働者が石炭等の粉じんを吸い込んでじん肺による健康被害を受けたことにつき、一定の時点以降、通商産業大臣(当時)が鉱山保安法に基づき粉じん発生防止策の権限を行使しなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法である。

ウ 宅地建物取引業法に基づき免許を更新された業者が不正行為により個々の取引関係者に対して被害を負わせたことにつき、免許権者である知事が事前に更新を拒否しなかったことは、当該被害者との関係において国家賠償法1条1項の適用上違法である。

エ いわゆる水俣病による健康被害につき、一定の時点以降、健康被害の拡大防止のために、水質規制に関する当時の法律に基づき指定水域の指定等の規制権限を国が行使しなかったことは、国家賠償法1条1項の適用上違法とはならない。


1 ア・イ

2 ア・ウ

3 イ・ウ

4 イ・エ

5 ウ・エ


【平成26年10月9日,最高裁判所第1小法廷,損害賠償請求事件】

【判事事項】

労働大臣が石綿製品の製造等を行う工場又は作業場における石綿関連疾患の発生防止のために労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法であるとされた事例


【裁判要旨】

石綿製品の製造等を行う工場又は作業場の労働者が石綿の粉じんにばく露したことにより石綿肺等の石綿関連疾患にり患した場合において,昭和33年当時,(1)石綿肺に関する医学的知見が確立し,国も石綿の粉じんによる被害の深刻さを認 識していたこと,(2)上記の工場等における石綿の粉じん防止策として最も有効な局所排気装置の設置を義務付けるために必要な技術的知見が存在していたこと,(3)従前からの行政指導によっても局所排気装置の設置が進んでいなかったことなど判示の事情の下では,石綿に関する作業につき局所排気装置の設置の促進を指示する通達が発出された同年5月26日以降,労働大臣が労働基準法(昭和47年法律第57号による改正前のもの)に基づく省令制定権限を行使して罰則をもって上記の工場等に局所排気装置を設置することを義務付けなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法である。


【平成16年4月27日,最高裁判所第3小法廷,損害賠償,民訴法260条2 項による仮執行の原状回復請求事件】

【判事事項】

1 通商産業大臣が石炭鉱山におけるじん肺発生防止のための鉱山保安法上の保安規制の権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例

2 加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合における民法724条後段所定の除斥期間の起算点


【裁判要旨】

1 炭鉱で粉じん作業に従事した労働者が粉じんの吸入によりじん肺にり患した場合において,炭鉱労働者のじん肺り患の深刻な実情及びじん肺に関する医学的知見の変遷を踏まえて,じん肺を炭じん等の鉱物性粉じんの吸入によって生じたものを広く含むものとして定義し,これを施策の対象とするじん肺法が成立したこと,そのころまでには,さく岩機の湿式型化によりじん肺の発生の原因となる粉じんの発生を著しく抑制することができるとの工学的知見が明らかとなっており,金属鉱山と同様に,すべての石炭鉱山におけるさく岩機の湿式型化を図ることに特段の障害はなかったのに,同法成立の時までに,鉱山保安法に基づく省令の改正を行わず,さく岩機の湿式型化等を一般的な保安規制とはしなかったことなど判示の事実関係の下では,じん肺法が成立した後,通商産業大臣が鉱山保安法に基づく省令改正権限等の保安規制の権限を直ちに行使しなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。

2 民法724条後段所定の除斥期間は,不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,当該損害の全部又は一部が発生した時から進行する。


【平成元年11月24日,最高裁判所第2小法廷,損害賠償】

【判事事項】

一 宅地建物取引業法所定の免許基準に適合しない免許の付与ないし更新をした知事の行為と国家賠償法1条1項の違法性

二 宅地建物取引業者に対する知事の監督処分権限の不行使と国家賠償法1条1項の違法性


【裁判要旨】

一 宅地建物取引業者に対する知事の免許の付与ないし更新が宅地建物取引業法所定の免許基準に適合しない場合であっても、知事の右行為は、右業者の不正な行為により損害を被った取引関係者に対する関係において直ちに国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるものではない。

二 知事が宅地建物取引業者に対し宅地建物取引業法65条2項による業務停止処分ないし同法66条9号による免許取消処分をしなかった場合であっても、知事の右監督処分権限の不行使は、具体的事情の下において、右権限が付与された趣旨・目的に照らして著しく不合理と認められるときでない限り、右業者の不正な行為により損害を被った取引関係者に対する関係において国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けない。

(二につき反対意見がある。)

『宅地建物取引業法(昭和55年法律第56号による改正前のもの。以下「法」という。)は、第2章において、宅地建物取引業を営む者(以下「宅建業者」という。) につき免許制度を設け、その事務所の設置場所が二以上の都道府県にわたるか否かにより免許権者を建設大臣又は都道府県知事(以下「知事等」という。)に区分し(3条1項)、免許の欠格要件を定め(5条1項)、この基準に従って免許を付与し、3年ごとにその更新を受けさせ(3条2項)、免許を受けない者の営業等を禁止し(12条)、第6章において、免許を付与された宅建業者に対する知事等の監督処分を定め、右業者が免許制度を定めた法の趣旨に反する一定の事由に該当する場合において、業務の停止(65条2項)、免許の取消(66条)をはじめ、必要な指導、助言及び勧告(71条)、立入検査等(72条)を行う権限を知事等に付与し、業務の停止又は免許の取消を行うに当たっては、公開の聴聞(69条)及び公告(70条1項)の手続を義務づけている。法がかかる免許制度を設けた趣旨は、直接的には、宅地建物取引の安全を害するおそれのある宅建業者の関与を未然に排除することにより取引の公正を確保し、宅地建物の円滑な流通を図るところにあり、監督処分権限も、この免許制度及び法が定める各種規制の実効を確保する趣旨に出たものにほかならない。もっとも、法は、その目的の一つとして購入者等の利益の保護を掲げ(1条)、宅建業者が業務に関し取引関係者に損害を与え又は与えるおそれが大であるときに必要な指示をする権限を知事等に付与し(65条1項1号)、営業保証金の供託を義務づける(25条、26条)など、取引関係者の利益の保護を顧慮した規定を置いており、免許制度も、究極的には取引関係者の利益の保護に資するものではあるが、前記のような趣旨のものであることを超え、免許を付与した宅建業者の人格・資質等を一般的に保証し、ひいては当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が被る具体的な損害の防止、救済を制度の直接的な目的とするものとはにわかに解し難く、かかる損害の救済は一般の不法行為規範等に委ねられているというべきであるから、知事等による免許の付与ないし更新それ自体は、法所定の免許基準に適合しない場合であっても、当該業者との個々の取引関係者に対する関係において直ちに国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるものではないというべきであるまた、業務の停止ないし免許の取消は、当該宅建業者に対する不利益処分であり、その営業継続を不能にする事態を招き、既存の取引関係者の利害にも影響するところが大きく、そのゆえに前記のような聴聞、公告の手続が定められているところ、業務の停止に関する知事等の権限がその裁量により行使されるべきことは法65条2項の規定上明らかであり、免許の取消については法66条各号の一に該当する場合に知事等がこれをしなければならないと規定しているが、業務の停止事由に該当し情状が特に重いときを免許の取消事由と定めている同条9号にあっては、その要件の認定に裁量の余地があるのであって、これらの処分の選択、その権限行使の時期等は、知事等の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。したがって、当該業者の不正な行為により個々の取引関係者が損害を被った場合であっても、具体的事情の下において、知事等に監督処分権限が付与された趣旨・目的に照らし、その不行使が著しく不合理と認められるときでない限り、右権限の不行使は、当該取引関係者に対する関係で国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないといわなければならない。
これを本件についてみるに、原審が確定した事実関係は、(一)有限会社D住研 (以下「D住研」という。)は、昭和47年10月23日京都府知事から宅建業者の免許(以下「本件免許」という。)を付与され、昭和50年10月23日その更新を受けたところ(記録によれば、右免許及びその更新は法所定の免許基準に適合しないことが窺われる。)、その実質上の経営者であるE(以下「E」という。)は、多額の負債を抱え、手付を支払って他人所有の不動産をD住研の所有物件として売却し顧客から支払を受けた代金と購入代金との差額を自己の利益とする、いわゆる手付売買の方法で営業を継続していたが、昭和51年ころからは旧債の返済に追われて所有者への代金の支払ができず、顧客に対する物件の所有権の移転ないし代金返還の不履行も多くなった、(二)Eは、他人所有の本件土地建物を取得して購入者に移転しうる可能性はないのに、これをD住研所有の建売住宅として売り出し、昭和51年9月3日その旨信じた上告人に対し代金1050万円で売却し(以下「本件売買」という。)、手付金及び中間金350万円の支払を受け、同年11月25日更に中間金390万円の支払を受けたが、これを他に流用したため、上告人において本件土地建物の所有権を取得することができず、右支払額合計740万円相当の損害を被った、(三)京都府知事は、宅建業者に対する監督処分の事務を京都府土木建築部建築課宅建業係(以下「担当職員」という。)に処理させているところ、D住研の取引関係者からの担当職員に対する取引上の苦情の申出は、本件免許が更新される直前の昭和50年9月10日代金の一部につき詐欺被害を受けたとする購入者からされたものが最初であり、担当職員が双方から事情聴取してこれを処理し、また、本件免許の更新後、右同様の苦情申出についても行政指導を行って解決をみた例もあったが、こうした事態に対処するため、昭和51年7月8日D住研に対する立入検査を行い、取引主任者の不在を指摘し、新規契約の締結の禁止を指示した、(四)その後も取引をめぐって被害を受けた旨の苦情の申出が相次ぎ、これら苦情の申出をした者(以下「被害者」という。)から代金返還につき指導、協力を求められた担当職員は、同年8月4日Eとの交渉の機会をあっせんし、その結果、Eにおいて紛争解決の資金を知人から融資を受ける努力をすることとし、被害者から右融資が実現するまではD住研に対する業務の停止、免許の取消等の処分を猶予して欲しい旨要望された、(五)担当職員は、右融資の可能性につき逐一報告を求めて推移を見守り、本件売買直後の同年9月8日被害者から右同様の処分猶予の要望がされたが、Eの右努力も実現の可能性が危ぶまれ、その上更に新たな苦情申出が続いたため、同年10月25日監督処分の方針を決め、同年11月15日法69条1項による聴聞の期日を指定したところ、Eはその直後である同月25日上告人から前記のとおり本件売買の中間金390万円の支払を受けた、(六)同年12月17日公開による聴聞が開かれ、D住研代表者の代理人として出頭したEが法違反の事実を認め、昭和52年4月7日京都府知事は法66条9号により本件免許を取り消した、というのである。以上の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照 らして首肯するに足り、その過程に所論の違法はない。右事実関係によれば、京都府知事がD住研に対し本件免許を付与し更にその後これを更新するまでの間、D住研の取引関係者からの担当職員に対する苦情申出は1件にすぎず、担当職員において双方から事情を聴取してこれを処理したというのであるから、本件免許の付与ないし更新それ自体は、法所定の免許基準に適合しないものであるとしても、その後にD住研と取引関係を持つに至った上告人に対する関係で直ちに国家賠償法1条1項にいう違法な行為に当たるものではないというべきである。また、本件免許の更新後は担当職員がD住研と被害者との交渉の経過を見守りながら被害者救済の可能性を模索しつつ行政指導を続けてきたなど前示事実関 係の下においては、上告人がD住研に対し中間金390万円を支払った時点までに京都府知事においてD住研に対する業務の停止ないし本件免許の取消をしなかったことが、監督処分権限の趣旨・目的に照らして著しく不合理であるということはできないから、右権限の不行使も国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないというべきである。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若しくは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。』


【平成16年10月15日,最高裁判所第2小法廷,損害賠償,仮執行の原状回復等請求上告,同附帯上告事件】

【判事事項】

1 国が水俣病による健康被害の拡大防止のためにいわゆる水質二法に基づく規制権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例

2 熊本県が水俣病による健康被害の拡大防止のために同県の漁業調整規則に基づく規制権限を行使しなかったことが国家賠償法1条1項の適用上違法となるとされた事例

3 水俣病による健康被害につき加害行為の終了から相当期間を経過した時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となるとされた事例


【裁判要旨】

1 国が,昭和34年11月末の時点で,多数の水俣病患者が発生し,死亡者も相当数に上っていると認識していたこと,水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であり,その排出源が特定の工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度のがい然性をもって認識し得る状況にあったこと,同工場の排水に含まれる微量の水銀の定量分析をすることが可能であったことなど判示の事情の下においては,同年12月末までに,水俣病による深刻な健康被害の拡大防止のために,公共用水域の水質の保全に関する法律及び工場排水等の規制に関する法律に基づいて,指定水域の指定,水質基準及び特定施設の定めをし,上記製造施設からの工場排水についての処理方法の改善,同施設の使用の一時停止その他必要な措置を執ることを命ずるなどの規制権限を行使しなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。

2 熊本県が,昭和34年11月末の時点で,多数の水俣病患者が発生し,死亡者も相当数に上っていると認識していたこと,水俣病の原因物質がある種の有機水銀化合物であり,その排出源が特定の工場のアセトアルデヒド製造施設であることを高度のがい然性をもって認識し得る状況にあったことなど判示の事情の下においては,同年12月末までに,水俣病による深刻な健康被害の拡大防止のために,旧熊本県漁業調整規則(昭和26年熊本県規則第31号。昭和40年熊本県規則第18号の2による廃止前のもの)に基づいて,上記製造施設からの工場排水につき除害に必要な設備の設置を命ずるなどの規制権限を行使しなかったことは,国家賠償法1条1項の適用上違法となる。

3 水俣病による健康被害につき,患者が水俣湾周辺地域から転居した時点が加害行為の終了時であること,水俣病患者の中には潜伏期間のあるいわゆる遅発性水俣病が存在すること,遅発性水俣病の患者においては水俣病の原因となる魚介類の摂取を中止してから4年以内にその症状が客観的に現れることなど判示の事情の下では,上記転居から4年を経過した時が民法724条後段所定の除斥期間の起算点となる。


【試験ポイント】✨

ポイントである「違法か」「違法でないか」を覚えておきましょう!

ア〇【平成26年10月9日,最高裁判所第1小法廷,損害賠償請求事件】

イ〇【平成16年4月27日,最高裁判所第3小法廷,損害賠償,民訴法260条2項による仮執行の原状回復請求事件】

ウ✖【平成元年11月24日,最高裁判所第2小法廷,損害賠償】

エ✖【平成16年10月15日,最高裁判所第2小法廷,損害賠償,仮執行の原状回復等請求上告,同附帯上告事件】