行政書士試験過去問判例 教科書検定制度の合憲性
【判事事項】
一 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第四号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定と憲法26条、教育基本法10条
二 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定と憲法21条2項前段
三 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定と憲法21条1項
四 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定と憲法23条
五 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第四号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定における文部大臣の裁量的判断と国家賠償法上の違法
【裁判要旨】
一 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定は、憲法26条、教育基本法10条に違反しない。
二 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第四号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定は、憲法21条2項前段に違反しない。
三 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定は、憲法21条1項に違反しない。
四 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定は、憲法23条に違反しない。
五 学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号)に基づく高等学校用の教科用図書の検定における合否の判定等の判断は、文部大臣の合理的な裁量にゆだねられているが、文部大臣の諮問機関である教科用図書検定調査審議会の判断の過程に、申請原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況等についての認識や、検定基準に違反するとの評価等に関して看過し難い過誤があり、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となる。
『1 所論は、要するに、学校教育法21条1項(昭和45年法律第48号による改正前のもの、以下同じ)、51条(昭和49年法律第70号による改正前のもの、以下同じ)、旧教科用図書検定規則(昭和23年文部省令第4号、以下「旧検定規則」という)、旧教科用図書検定基準(昭和33年文部省告示第86号、以下「旧検定基準」という)に基づく高等学校用の教科用図書の検定(以下「本件検定」という)は、国が教育内容に介入するものであるから、憲法26条、教育基本法10条に違反するというにある。
2 しかし、憲法26条は、子どもに対する教育内容を誰がどのように決定するかについて、直接規定していない。憲法上、親は家庭教育等において子女に対する教育の自由を有し、教師は、高等学校以下の普通教育の場においても、授業等の具体的内容及び方法においてある程度の裁量が認められるという意味において、一定の範囲における教育の自由が認められ、私学教育の自由も限られた範囲において認められるが、それ以外の領域においては、国は、子ども自身の利益の擁護のため、又は子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、子どもに対する教育内容を決定する権能を有する。もっとも、教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的であることが要請され、殊に、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような介入、例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植え付けるような内容の教育を施すことを強制することは許されない。また、教育行政機関が法令に基づき教育の内容及び方法に関して許容される目的のために必要かつ合理的と認められる規制を施すことは、必ずしも教育基本法10条の禁止するところではない。以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和43年(あ)第1614号同51年5月21日大法廷判決・刑集30巻5号615頁)の示すところである。
3 学校教育法21条1項は、小学校においては文部大臣の検定を経た教科用図書(以下「教科書」という)等を使用しなければならない旨を規定し、同法40条が中学校に、同法51条が高等学校にこれを準用している。これを受けて、旧検定規則1条1項は、右文部大臣の検定は、著作者又は発行者から申請された「図書が教育基本法及び学校教育法の趣旨に合し、教科用に適することを認めるものとする」旨を規定している。そして、その審査の具体的な基準は旧検定基準に規定されているが、これによれば、本件の高等学校用日本史の教科書についての審査は、教育基本法に定める教育の目的及び方針等並びに学校教育法に定める当該学校の目的と一致していること、学習指導要領に定める当該教科の目標と一致していること、政治や宗教について立場が公正であることの三項目の「絶対条件」(これに反する申請図書は絶対的に不適格とされる)と、取扱内容(取扱内容は学習指導要領に定められた当該科目等の内容によっているか)、正確性(誤りや不正確なところはないか、一面的な見解だけを取り上げている部分はないか)、内容の選択(学習指導要領の示す教科及び科目等の目標の達成に適切なものが選ばれているか)、内容の程度等(その学年の児童・生徒の心身の発達段階に適応しているか等)、組織・配列・分量(組織・配列・分量は学習指導を有効に進め得るように適切に考慮されているか) 等の10項目の「必要条件」(これに反する申請図書は欠陥があるとされるが、絶対的に不適格とはされない)を基準として行われ、他の教科、科目についてもほぼ同じである。したがって、本件検定による審査は、単なる誤記、誤植等の形式的なものにとどまらず、記述の実質的な内容、すなわち教育内容に及ぶものである。
しかし、普通教育の場においては、児童、生徒の側にはいまだ授業の内容を批判する十分な能力は備わっていないこと、学校、教師を選択する余地も乏しく教育の機会均等を図る必要があることなどから、教育内容が正確かつ中立・公正で、地域、学校のいかんにかかわらず全国的に一定の水準であることが要請されるのであって、このことは、もとより程度の差はあるが、基本的には高等学校の場合においても小学校、中学校の場合と異ならないのである。また、このような児童、生徒に対する教育の内容が、その心身の発達段階に応じたものでなければならないことも明らかである。
そして、本件検定が、右の各要請を実現するために行われるものであることは、その内容から明らかであり、その審査基準である旧検定基準も、右目的のための必要かつ合理的な範囲を超えているものとはいえず、子どもが自由かつ独立の人格として成長することを妨げるような内容を含むものでもない。また、右のような検定を経た教科書を使用することが、教師の授業等における前記のような裁量の余地を奪うものでもない。なお、所論は、教育の自由の一環として国民の教科書執筆の自由をいうが、憲法26条がこれを規定する趣旨でないことは前記のとおりであり、憲法21条、23条との関係については、後記2、3において判断するとおりである。
したがって、本件検定は、憲法26条、教育基本法10条の規定に違反するものではなく、このことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。
二 同第3章第2節(憲法21条違反)について
1 本件検定において合格とされた図書については、その名称、著作者の氏名及び発行者の住所氏名等一定の事項が官報に公告され(旧検定規則12条1項)、文部大臣が都道府県の教育委員会に送付する教科書の目録にその書目等が登載され、教育委員会が開催する教科書展示会にその見本を出品することができる(教科書の発行に関する臨時措置法5条1項、6条1、3項)。そして、前記のとおり、学校においては、教師、児童、生徒は右出品図書の中から採択された教科書を使用しなければならないとされている。他方、不合格とされた図書は、右のような特別な取扱いを受けることができず、教科書としての発行の道が閉ざされることになるが、右制約は、普通教育の場において使用義務が課せられている教科書という特殊な形態に限定されるのであって、不合格図書をそのまま一般図書として発行し、教師、児童、生徒を含む国民一般にこれを発表すること、すなわち思想の自由市場に登場させることは、何ら妨げられるところはない(原審の適法に確定した事実関係によれば、現に上告人は、昭和32年4月に検定不合格処分を受けた高等学校用日本史の教科用の図書とほとんど同じ内容のものを、昭和34年に一般図書として発行している。なお、上告人がその後も、右検定不合格図書を「検定不合格日本史」の名の下に、一般図書として発行し、版を重ねていることは、周知のところである)。 また、一般図書として発行済みの図書をそのまま検定申請することももとより可能である。
2 憲法21条2項にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的とし、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止することを特質として備えるものを指すと解すべきである。本件検定は、前記のとおり、一般図書としての発行を何ら妨げるものではなく、発表禁止目的や発表前の審査などの特質がないから、検閲に当たらず、憲法21条2項前段の規定に違反するものではない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和57年( 行ツ)第156号同59年12月12日大法廷判決・民集38巻12号1308頁)の趣旨に徴して明らかである。
3 また、憲法21条1項にいう表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり、その制限が右のような限度のものとして容認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。これを本件検定についてみるのに、(一)前記のとおり、普通教育の場においては、教育の中立・公正、一定水準の確保等の要請があり、これを実現するためには、これらの観点に照らして不適切と認められる図書の教科書としての発行、使用等を禁止する必要があること(普通教育の場でこのような教科書を使用することは、批判能力の十分でない児童、生徒に無用の負担を与えるものである)、(二)その制限も、右の観点からして不適切と認められる内容を含む図書のみを、教科書という特殊な形態において発行を禁ずるものにすぎないことなどを考慮すると、本件検定による表現の自由の制限は、合理的で必要やむを得ない限度のものというべきであって、憲法21条1項の規定に違反するものではない。このことは、当裁判所の判例(最高裁昭和44年(あ)第1501号同49年11月6日大法廷判決・刑集28巻9号393頁、最高裁昭和52年(オ)927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁、最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)の趣旨に徴して明らかである。所論引用の最高裁昭和56年(オ)第609号同61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁は、発表前の雑誌の印刷、製本、販売、頒布等を禁止する仮処分、すなわち思想の自由市場への登場を禁止する事前抑制そのものに関する事案において、右抑制は厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容され得る旨を判示したものであるが、本件は思想の自由市場への登場自体を禁ずるものではないから、右判例の妥当する事案ではない。所論は、本件検定は、審査の基準が不明確であるから憲法21条1項の規定に違反するとも主張する。
確かに、旧検定基準の一部には、包括的で、具体的記述 がこれに該当するか否か必ずしも一義的に明確であるといい難いものもある。しかし、右旧検定基準及びその内容として取り込まれている高等学校学習指導要領(昭和35年文部省告示第94号)の教科の目標並びに科目の目標及び内容の各規定は、学術的、教育的な観点から系統的に作成されているものであるから、当該教科、科目の専門知識を有する教科書執筆者がこれらを全体として理解すれば、具体的記述への当てはめができないほどに不明確であるとはいえない。所論違憲の主張は、前提を欠き、失当である。
したがって、本件検定は憲法21条1項の規定に違反するとはいえず、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は採用することができない。
三 同第3章第3節(憲法23条違反)について
教科書は、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、普通教育の場において使用される児童、生徒用の図書であって(後出四の2参照)、学術研究の結果の発表を目的とするものではなく、本件検定は、申請図書に記述された研究結果が、たとい執筆者が正当と信ずるものであったとしても、いまだ学界において支持を得ていなかったり、あるいは当該学校、当該教科、当該科目、当該学年の児童、生徒の教育として取り上げるにふさわしい内容と認められないときなど旧検定基準の各条件に違反する場合に、教科書の形態における研究結果の発表を制限するにすぎない。このような本件検定が学問の自由を保障した憲法23条の規定に違反しないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和31年(あ)第2973号同38年5月22日大法廷判決・刑集17巻4号370頁、最高裁昭和39年(あ)第305号同44年10月15日大法廷判決・刑集23巻10号1239頁)の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。
四 同第3章第4節のうち、法治主義(憲法13条、41条、73条6号)違反の点について1 学校教育法51条によって高等学校に準用される同法21条1項は、文部大臣が検定権限を有すること、学校においては検定を経た教科書を使用する義務があることを定めたものであり、検定の主体、効果を規定したものとして、本件検定の根拠規定とみることができる。
2 また、本件検定の審査の内容及び基準並びに検定の手続は、文部省令、文部省告示である旧検定規則、旧検定基準に規定されている。しかし、教科書は、小学校、中学校、高等学校及びこれらに準ずる学校において、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、授業の用に供せられる児童又は生徒用図書であり(昭和45年法律第48号による改正前の教科書の発行に関する臨時措置法2条1項)、これらの学校における教育が正確かつ中立・公正でなければならず、心身の発達段階に応じて定められた当該学校の目的、教育の目標、教科の内容(具体的には、法律の委任を受けて定められた学習指導要領)等にそって行われるべきことは、教育基本法、学校教育法の関係条文から明らかであり、これらによれば、 教科書は、内容が正確かつ中立・公正であり、当該学校の目的、教育目標、教科内容に適合し、内容の程度が児童、生徒の心身の発達段階に応じたもので、児童、生徒の使用の便宜に適うものでなければならないことはおのずと明らかである。そして、右旧検定規則、旧検定基準は、前記のとおり、右の関係法律から明らかな教科書の要件を審査の内容及び基準として具体化したものにすぎない。そうだとすると、文部大臣が、学校教育法88条の規定(「この法律に規定するもののほか、この法律施行のため必要な事項で、地方公共団体の機関が処理しなければならないものについては政令で、その他のものについては監督庁が、これを定める」)に基づいて、右審査の内容及び基準並びに検定の施行細則である検定の手続を定めたことが、法律の委任を欠くとまではいえない。
3 したがって、所論違憲の主張は、前提を欠き、失当である。これと同旨の原審の判断は正当であって、論旨は採用することができない。
五 同第3章第4節のうち、手続保障(憲法31条)違反の点について
1 所論は、行政手続にも憲法31条が適用されるところ、(一)検定の審議手続が公開されていないこと、(二)検定不合格の場合は、事前に不合格理由についての告知、弁解、防御の機会が与えられず、事後の告知も理由の一部についてされるにすぎないこと、(三)教科用図書検定調査審議会の人選が不公正であること、(四)検定の基準(旧検定基準)の内容が不明確であることなどから、本件検定は手続保障に違反するものであるというにある(その余の論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎない)。
2 しかし、右(三)の審議会の人選が不公正であるとの点は原審の認定にそわない事実に基づくものであり、右(四)の旧検定基準が不明確とはいえないことも前記のとおりであるから、右(三)、(四)についての所論違憲の主張は、その前提を欠く。
3 また、行政処分については、憲法31条による法定手続の保障が及ぶと解すべき場合があるにしても、それぞれの行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方に告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を必要とするものではない。本件検定による制約は、思想の自由市場への登場という表現の自由の本質的な部分に及ぶものではなく、また、教育の中立・公正、一定水準の確保等の高度の公益目的のために行われるものである。これらに加え、検定の公正を保つために、文部大臣の諮問機関として、教育的、学術的な専門家である教育職員、学識経験者等を委員とする前記審議会が設置され(昭和58年法律第78号による改正前の文部省設置法27条1項、昭和59年政令第229号による改正前の教科用図書検定調査審議会令1条、3条1項)、文部大臣の合否の決定は同審議会の答申に基づいて行われること(旧検定規則2条)、申請者に交付される不合格決定通知書には、不合格の理由として、主に旧検定基準のどの条件に違反するかが記載されているほか、文部大臣の補助機関である教科書調査官が申請者側に口頭で申請原稿の具体的 な欠陥箇所を例示的に摘示しながら補足説明を加え、申請者側の質問に答える運用 がされ、その際には速記、録音機等の使用も許されていること、申請者は右の説明応答を考慮した上で、不合格図書を同一年度内ないし翌年度に再申請することが可能であることなどの原審の適法に確定した事実関係を総合勘案すると、前記(一)、(二)の事情があったとしても、そのことの故をもって直ちに、本件検定が憲法31条の法意に反するということはできない。以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号437頁)の趣旨に徴して明らかである(その後、旧検定規則が昭和52年文部省令第32号教科用図書検定規則によって全文改正され、同規則11条によって、新たに不合格理由の事前通知及び反論の聴取の制度が設けられたことは、原判決の説示にもみられるとおりである)。
4 したがって、所論の点に関する原審の判断は、本件検定に手続保障違反の違法がないとした結論において正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
六 同第4章について(ただし、本判決末尾添付の「個別検定箇所分類表」の×印が付された箇所に関する部分を除く。右部分は、昭和63年11月24日付け上告理由補充書をもって上告理由から撤回されている。後記七、八につき同じ)所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、右事実関係の下においては、本件各検定処分において検定関係法令が憲法又は教育基本法の趣旨に反して適用、運用されたとはいえないとした原審の判断は、前記各大法廷判決(昭和38年5月22日判決、昭和44年10月15日判決、昭和49年11月6日判決、昭和51年5月21日判決、昭和58年6月22日判決、昭和59年12月12日判決、平成4年7月1日判決)の趣旨に徴して、正当として是認することができ、その過程にも所論判断遺脱等の違法はない。論旨は採用することができない。
七 同第5章(第1節第4及び平等原則違反、一貫性原則違反の点を除く)について
1 本件検定における教科用図書検定調査審議会の合否の判定は、旧検定基準の絶対条件については各条件ごとに合否を判定し、必要条件については、各条件ごとに申請原稿中の欠陥があるとされる箇所を具体的に指摘し(右欠陥箇所の指摘を「 検定意見」と称している)、その欠陥の質及び量に基づき各条件ごとの評点を決し、右各評点を合計して合否を判定し(必要条件全体に1050点の評点を配し、800点以上を「合」とする)、右絶対条件及び必要条件のいずれについても「合」とされたものを、合格と判定している。
そして、この場合においても、指摘された欠陥で程度が大きいと認められるものについては、その修正を条件として合格と判定される(中学校用および高等学校用教科用図書の検定申請新原稿の調査評定および合否判定に関する内規・昭和34年12月12日審議会決定)。上告人側の申請に係る本件図書については、昭和37年度は、申請原稿に323箇所の欠陥が指摘され、絶対条件は「合」とされたが、必要条件の合計評点が784点で同条件において「否」とされ、不合格と判定された。また、昭和38年度は、申請原稿に290箇所の欠陥が指摘されたが、絶対条件、必要条件(合計評点846点)とも「合」とされ、欠陥修正後の再審査を条件として合格と判定された。右審議会の合否の判定は、欠陥の指摘(検定意見)とともに文部大臣に答申され、文部大臣は両年度とも答申どおりの処分をした(なお、昭和38年度は、再審査の段階で欠陥の追加指 摘がされた)。以上は原審の適法に確定するところである。
2 本件検定の審査基準等を直接定めた法律はないが、文部大臣の検定権限は、前記一の2記載の憲法上の要請にこたえ、教育基本法、学校教育法の趣旨に合致するように行使されなければならないところ、前記のとおり、検定の具体的内容等を定めた旧検定規則、旧検定基準は右の要請及び各法条の趣旨を具現したものであるから、右検定権限は、これらの検定関係法規の趣旨にそって行使されるべきである。そして、これらによる本件検定の審査、判断は、申請図書について、内容が学問的に正確であるか、中立・公正であるか、教科の目標等を達成する上で適切であるか、児童、生徒の心身の発達段階に適応しているか、などの様々な観点から多角的に行われるもので、学術的、教育的な専門技術的判断であるから、事柄の性質上、文部 大臣の合理的な裁量に委ねられるものというべきである。
したがって、合否の判定、条件付合格の条件の付与等についての教科用図書検定調査審議会の判断の過程(検定意見の付与を含む)に、原稿の記述内容又は欠陥の指摘の根拠となるべき検定当時の学説状況、教育状況についての認識や、旧検定基準に違反するとの評価等に看過し難い過誤があって、文部大臣の判断がこれに依拠してされたと認められる場合には、右判断は、裁量権の範囲を逸脱したものとして、国家賠償法上違法となると解するのが相当である。
なお、検定意見は、原稿の個々の記述に対して旧検定基準の各必要条件ごとに具体的理由を付して欠陥を指摘するものであるから、各検定意見ごとに、その根拠となるべき学説状況や教育状況等も異なるものである。例えば、正確性に関する検定意見は、申請図書の記述の学問的な正確性を問題とするものであって、検定当時の学界における客観的な学説状況を根拠とすべきものであるが、検定意見には、その実質において、(一)原稿記述が誤りであるとして他説による記述を求めるものや、(二)原稿記述が一面的、断定的であるとして両説併記等を求めるものなどがある。 そして、検定意見に看過し難い過誤があるか否かについては、右(一)の場合は、検定意見の根拠となる学説が通説、定説として学界に広く受け入れられており、原稿記述が誤りと評価し得るかなどの観点から、右(二)の場合は、学界においていまだ定説とされる学説がなく、原稿記述が一面的であると評価し得るかなどの観点から、判断すべきである。また、内容の選択や内容の程度等に関する検定意見は、原稿記述の学問的な正確性ではなく、教育的な相当性を問題とするものであって、取り上げた内容が学習指導要領に規定する教科の目標等や児童、生徒の心身の発達段階等に照らして不適切であると評価し得るかなどの観点から判断すべきものである。
3 原審が裁量権の範囲の逸脱の審査基準として説示するところは、結局のところ、以上と同旨をいうものとして是認することができる。また、審議会が付した所論の各検定意見(前記「個別検定箇所分類表」の「 固有濫用」欄参照)に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができ、右事実関係の下においては、所論の点に関する原審の判断は、その説示の一部において措辞妥当を欠く点がないではないが、右各検定意見に看過し難い過誤があったとはいえないとする趣旨のものとして、結論において是認し得ないものではない(右各検定意見の中には、その内容が細部にわたり過ぎるものが若干含まれているが、いまだ、旧検定基準に違反するとの評価において看過し難い過誤があるというには当たらない)。
4 したがって、文部大臣の本件各検定処分に所論の裁量権の範囲の逸脱の違法があったとはいえず、これと同旨の原審の判断は相当である。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するに帰し、いずれも採用することができない。
八 同第5章のうち、平等原則違反、一貫性原則違反の点について
原審の適法に確定した事実関係の下においては、文部大臣の本件各検定処分に所論平等原則違反、一貫性原則違反の裁量権の範囲の逸脱の違法があったとはいえないとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は採用することができない。
九 同第5章第1節第4について
所論の点に関する原審の判断は、記録に照らして是認することができ、原判決に所論の違法は認められない。論旨は、原審で主張しなかった事由に基づいて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。』
第一次家永教科書事件の覚え方として,憲法21条の「検閲」に当たらないことと,憲法23条の「学問の自由」に違反しないことです!
1〇【昭和51年5月21日,最高裁判所大法廷,旭川学力テスト事件】
詳しくは,こちら
2✖ 教科書検定制度は,憲法21条の「検閲」に当たらない。【平成5年3月16日,最高裁判所第3小法廷,第一次家永教科書事件】
3〇 『教科書という特殊な形態において発行を禁ずるものにすぎないことなどを考慮すると、本件検定による表現の自由の制限は、合理的で必要やむを得ない限度のものというべきであって、憲法21条1項の規定に違反するものではない。』
4〇 『教科書は、教科課程の構成に応じて組織排列された教科の主たる教材として、普通教育の場において使用される児童、生徒用の図書であって(後出四の2参照)、学術研究の結果の発表を目的とするものではなく、本件検定は、申請図書に記述された研究結果が、たとい執筆者が正当と信ずるものであったとしても、いまだ学界において支持を得ていなかったり、あるいは当該学校、当該教科、当該科目、当該学年の児童、生徒の教育として取り上げるにふさわしい内容と認められないときなど旧検定基準の各条件に違反する場合に、教科書の形態における研究結果の発表を制限するにすぎない。このような本件検定が学問の自由を保障した憲法23条の規定に違反しないことは、当裁判所の判例(最高裁昭和31年(あ)第2973号同38年5月22日大法廷判決・刑集17巻4号370頁、最高裁昭和39年(あ)第305号同44年10月15日大法廷判決・刑集23巻10号1239頁)の趣旨に徴して明らかである。』
5〇『行政処分については、憲法31条による法定手続の保障が及ぶと解すべき場合があるにしても、それぞれの行政目的に応じて多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方に告知、弁解、防御の機会を与えるなどの一定の手続を必要とするものではない。』