行政書士試験民法改正【第568条(競売における担保責任等)】
第568条(競売における担保責任等)
民事執行法その他の法律の規定に基づく競売(以下この条において単に「競売」という。)における買受人は、第541条及び第542条の規定並びに第563条(第565条において準用する場合を含む。)の規定により、債務者に対し、契約の解除をし、又は代金の減額を請求することができる。
2 前項の場合において、債務者が無資力であるときは、買受人は、代金の配当を受けた債権者に対し、その代金の全部又は一部の返還を請求することができる。
3 前2項の場合において、債務者が物若しくは権利の不存在を知りながら申し出なかったとき、又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときは、買受人は、これらの者に対し、損害賠償の請求をすることができる。
4 前3項の規定は、競売の目的物の種類又は品質に関する不適合については、 適用しない。
(補足説明) 1 強制競売における担保責任について規定する民法第568条は,強制競売の目的物にいわゆる権利の瑕疵がある場合に,同法第561条から第567条までの規定により,債務者に対し,契約の解除又は代金の減額を請求できることができ,債務者が無資力の場合には,代金の配当を受けた債権者に対し,代金の全部又は一部の返還を請求することができるとする。この規定の適用対象には,担保権の実行としての競売も含まれると解されている。一方,物の(隠れた)瑕疵については,買受人は債務者又は配当受領者に対する担保責任を追及できないとされている(民法第570条ただし書)。このような取扱いがされている理由については,競売ではある程度の瑕疵を織り込んで買受けの申出をするのが通常であること,所有者である債務者の意思に反して行われるという競売の特質上,瑕疵を巡る円満な解決は期待できず,そのトラブルに配当受領者を巻き込むのが相当でないことなどが挙げられている。民法第570条ただし書の合理性を疑問視する立場からは,以下のような指摘がある。すなわち,公法上の用途制限を同条の「瑕疵」としてしている判例(判昭和41年4月14日民集20巻4号649頁)が,公法上の用途制限につき競売における担保責任を追及できなくなり不当であるとして学説から批判されていることにも現れているとおり,物の瑕疵と権利の瑕疵は截然と区別できない場合がある上,いずれも契約に適合しない点では共通であるのに,競売手続において前者のみ買受人の救済を否定する合理的な理由はないとの指摘である。第14回会議において,物の瑕疵に関しても買受人を救済する方向で民法の規定を改めることが現行民事執行法の規定や実務のあり方と整合的であるとの指摘があった。すなわち,不動産競売においては,物件明細書,現況調査報告書及び評価書(いわゆる三点セット)をインターネットで開示して公衆が容易に閲覧できるようにし(民事執行法第62条第2項,民事執行規則第31条第1項,第3項),また内覧の 制度(民事執行法第64条の2)を整備するなどして,できる限り物件に関する正確な情報を広く提供することにより,業者以外の一般人を含めて広く買受人を募る建前を採用している。
それにも関わらず,買受け後に瑕疵が露見した場合にそのリスクを全て買受人に転嫁するのは,そのような建前と整合しないというのである。判例にも,建物の競売において存在することが前提とされた敷地利用権が存在しなかった場合について,民法第568条の類推適用により買受人の救済を図ったものがある(最判平成8年1月26日民集50巻1号155頁)。
以上を踏まえ,本文の甲案は,競売において物の瑕疵に関する担保責任を否定している民法第570条ただし書を削除し,その上で,同法第568条の規律を物の瑕疵にも及ぼす旨の規定を設けることを提案している。中間的な論点整理に対するパブリック・コメントの手続に寄せられた意見を見ると,競売における物の瑕疵についても買受人の救済を認めるべきであるとする意見が見られる一方,民法第570条ただし書の削除に反対する意見も寄せられた。同規定の削除に反対する意見が根拠として挙げるのは,同規定の趣旨とされる前述のような点のほか,①競売手続においては,当事者間の意思の合致がある一般の売買と異なり,物の瑕疵の存否を判断する前提としてのあるべき状態を確定することが困難である,②競売手続の結果が覆ることを慮って,手続を慎重に進めざるを得なくなり,競売手続の迅速円滑な進行を妨げるなどの諸点である。
もっとも,これらの点については,次のような反論が想定できる。競売手続における瑕疵認定の困難性について,物の瑕疵を前記1(1)第2パラグラフの定義のうち契約を巡る諸般の事情により認められる契約の趣旨を踏まえつつ確定する考え方を採用する場合,競売手続の中で買受人に提供された情報や,売却基準価額の決定の経緯等を踏まえて瑕疵の有無を判断することが考えられる。この判断は,一般の売買における瑕疵の有無の判断とは異なる面があるとしても,必ずしも困難なものではないとの反論があり得る。前述の定義を踏まえて瑕疵の有無を判断する限り,競売において瑕疵の有無が実際上問題となるのは,目的物の評価の前提を覆すような重大な欠陥が事後に判明した場合に限られ,目的物の評価にとって重要でなかったり,評価の過程においてその存在可能性が織り込まれているような物理的欠陥は,そもそも瑕疵に該当しないとされるように思われる。
また,競売手続の遅延可能性について,物の瑕疵が事後に発見されても買受人が救済されない現状に対して,買受人を救済する方向での改正をするにもかかわらず,それによって現状よりも手続進行をより慎重にせざるを得なくなるという指摘は,理解しにくいもののように思われる。もっとも,この点は,引き続き実務界の意見を十分に聴取する必要がある。なお,債務者に対する契約解除権又は代金減額請求権の行使を認めるか否か(甲案の①に対応)と,債務者が無資力の場合に配当受領者に対する返還請求を認めるか否か(甲案の②)とは,一応別個に検討することも可能であるように思われる。本文の甲案のような考え方に対する批判の中心が,配当を受けた債権者がその返還を迫られるリスクを負うことにあるのだとすれば,物の瑕疵に関しては,債務者に対する契約解除権及び代金減額請求権のみを認めることとし,配当受領者に対する受領配当金の返還請求は認めないこととすることも考え得る。
2 一方,本文アの乙案は,現在民法第570条ただし書の存在を前提に安定した競売実務の運用がされていると見られることなどを踏まえ,基本的に現行法どおりとするという提案を取り上げたものである。もっとも,現状を維持するに当たっては,売主の責任に関する規定の見直しと平仄を合わせる観点から,必要小限の見直しをするかどうかを検討する必要がある。とりわけ,本資料の提案に関連して具体的に検討すべき問題点としては,物の原始的一部滅失又は数量不足を物の瑕疵に含めるなど規定体系を一部再整理することに関連して,一部滅失又は数量不足を競売手続においてどのように取り扱うかといった点がある。あくまで買受人の救済のレベルを現行法より下げないこととするならば,これらも競売手続において引き続き救済の対象とすることが考えられるが,それには規定が煩雑になるという問題がある。この点につき,どのように考えるか。
3 仮に本文アの甲案を採用して,物の瑕疵に関して代金減額請求権や契約解除権を規定する場合には,買受人の救済をより手厚いものとする観点から,買受人の損害賠償請求権を規定する民法第568条第3項と同様の規定を設けることの要否も,問題となり得る。すなわち,物の瑕疵について,債務者(所有者)がこれを知りながら申し出なかったとき又は債権者がこれを知りながら競売を請求したときに,買受人は,これらの者に対し,損害賠償の請求ができるとの規定である。
本文イでは, このような規定の要否につき問題提起している。 これに対しては,物の瑕疵はその有無についての判断が必ずしも容易でないことから,とりわけ債権者に瑕疵の告知義務を課すことについては,負担が重すぎるとの批判が想定される。この点に配慮するならば,買受人の救済手段としては代金減額請求権及び契約の解除権に留め,債務者等による瑕疵の不告知を理由とした損害賠償請求権は規定しないことも考えられる。
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