刑法186条「賭博場開張等図利罪」
「公営ギャンブル」以外の賭博等は,「賭博場開張等図利罪(とばくじょうかいちょうとりざい)」によって,処罰されることは公知の事実ですが,判例を紹介します。
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役1年2月に処する。
原審における未決勾留日数中20日を,右本刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,名古屋地方検察庁検察官検事渡辺次郎作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから,ここにこれを引用する。なお,右原審検察官の控訴趣意に対する弁護人の答弁は,弁護人来間隆平作成名義の答弁書に記載されているとおりであるから,ここにこれを引用する。前同控訴趣意書記載の控訴趣意(法令の解釈,適用の誤りおよび事実誤認の論旨)について。
所論は,要するに,原判決は,被告人に対する本件賭博場開張図利の公訴事実につき,ほぼ公訴事実と同様の事実を認定しながら,賭博場開張図利罪の成立を否定し,被告人につき,賭博罪を認定し,刑法第185条本文を適用して,処断している。そして,原判決が本件につき,賭博場開張図利罪を認定しない理由として,(イ)「賭博場開張図利罪の構成要件である『賭博場を開張する』とは,『賭博を行う一定の場所を,自ら主宰して開設し,賭博者を誘い集める』ことと解するのが相当であるが,本件のいわゆる『野球賭博』と称する賭博行為は,もつぱら,相手客の各現在地に赴いて,賭博の申込を受付けたり,相手客の各現在地より,電話による申込を受付けるものであつて,事務処理上の便宜から,一定の連絡場所(本件の場合,A組B支部がまさにこれに当る)を設定してあつても,これは,いわゆる賭博者の来集を目的とする場所ではないから,刑法第186条第2項の『賭博場』にあたらないものであることは明白であり,従つて,その犯行の態様に照らし,本件のいわゆる『野球賭博』は,賭博者の来集を目的として,賭博を行う場所を開設したものということはできない」し,また,(ロ)「本件の『野球賭博』と称する賭博は,各試合のハンデイを調整して,双方のチームに対する賭金額がなるべく合致するように,計画は立てるものの,丁半賭博などとは異なり,一方のチームに対する賭金額に制限されることなしに,他方のチームに対する賭けの申込に応ずるものであつて,たとえ,双方のチームに対する各賭金額が合致しなくても,無条件に賭博は成立し,約束に従つた賭金が支払われるものであり,従つて,双方チームに対する賭金額の不一致による危険負担は,結局,野球賭博の主宰者自らが一手に引受けているものであり,この自ら負担しなければならない危険をできるだけ少くするために,いわば営業政策上,ハンデイの調整を行つているに過ぎないものと認むべきであるから,むしろ,自らが相手客の申込む賭博の相手となつて,賭博行為を行なつているものと解するのが相当である」旨説示している。しかしながら,(一)賭博場開張図利罪は,犯人自ら主宰者となり,その支配の下に,賭博をさせる一定の場所を提供し,寺銭,入場料等の名目で,利益の収得を企図することによつて,成立するものであり(昭和25年9月14日最高裁判所判決参照),賭博者を誘い集めることは,何等必要でなく,また,同罪にいう賭博場は,必ずしも賭博者の来集を目的とする場所でなければならないわけのものでもないのである(明治45年5月23日,大正4年3月1日,大正12年2月28日,昭和6年11月9日各大審院判決参照)。そして,本件と全く同種のいわゆる「野球賭博」で,当該被告人の自宅を本拠とした事案につき,昭和40年8月5日高松高等裁判所判決は,「刑法第186条第2項の『賭博場ヲ開張シ』というのは,賭博の主宰者として,その支配の下に,賭博を成立させるべき場所を設定することであつて,必ずしも,賭博を特定の場所に集合させることを要しないと解すべきであるところ,原判決挙示の各証拠によれば,被告人は,本件のいわゆる野球賭博に関し,自宅に,野球試合の日程表や,過去の実績の記録を備えつけ,電話や事務員を置き,賭者に,一定の賭金や,いわゆるハンデイを通報するとともに,賭博の申込みを受け付けて,これを記録し,試合の双方テイームに対する賭け口の数が合致するよう調整して,賭博を成立させ,かねて定めた一定の基準に従つて,敗者から賭金を集金し,勝者にこれを配分していたこと,すなわち,被告人が,本件野球賭博の主宰者となつて,その支配下に,賭博を成立させる場所として,自宅を提供していたことを充分認めることができる。……賭者を一定の場所に招集することは,賭博場開張の要件ではない」旨判示し,いわゆる野球賭博につき,賭博場開張図利罪の成立を認めている。ところで,被告人ならびにC,D,EおよびF(いずれも分離前の原審相被告人)の各司法警察員および検察官に対する供述調書によれば,本件において,被告人は,いわゆる「野球賭博」を行なうため,名古屋市a区b町c丁目d番地所在のA組B支部事務所に,電話,机,特製の売上台帳,メモ帳,スポーツ新聞,プロ野球日程表などを備えつけ,同事務所において,C等の幇助者が電話によつて,賭客の申込みを受け,あるいは,右事務所外で賭客から受けた申込みを集計し,さらに,勝者に支払うべき勝金,徴収すべき寺銭の計算などを行なつていたものであることが認められるから,右事務所は,本件において,まさに賭博をさせる一定の場所,本拠に該当するものであることが明らかである。また,(二)被告人ならびに前同C等四名の各司法警察員および検察官に対する供述調書によれば,本件において,被告人は,常に(双方チームの賭金額不一致の場合に,自己が危険負担した場合においても),勝者に支払うべき金額の一割を,寺銭として徴収していたものであり,双方チームの賭金が同額にならない場合を,できるだけ少くするために,
いわゆるハンデイを調整して,賭客の誘引をなし,それでも,なお,双方チームの賭金が同額にならない場合には,被告人が不足分を補填して,いわゆる「けつ」をとり,不足金額につき,危険を負担したものであることが認められるから,賭金不一致の場合に,被告人が不足分を補填し,その不足金額につき,危険を負担したのは,あくまで,被告人が賭博を成立させて,寺銭を徴収し,利を図るための手段に過ぎず,その主眼は,同人が賭博の主宰者となり,その支配下に,賭博を成立させることにあつたものである。従つて,原判決が前記(イ)のごとく,賭博場開張図利罪の構成要件として,賭博を行う一定の場所に,賭客を誘い集めることを要するものと解したのは,明らかに,前記の援用した判例に違背し,刑法第186条第2項の解釈を誤つたものというほかなく,また,原判決が前記(ロ)のごとく,賭金不一致の場合に限り,被告人がやむなく不足分を補填し,これにつき,危険を負担した行為をもつて,被告人が自ら相手客の申込む賭博の相手方となつて,賭博をなしたものと認定したのは,明らかに,事実を誤認したものというべきであり,これを要するに,被告人に対する本件公訴事実は,いずれも賭博場開張図利罪を構成することが明白であるのに,原判決が同罪の成立を否定し,被告人につき,賭博罪を認定したうえ,刑法第185条本文を適用して,処断したのは,法令の解釈を誤り,事実を誤認し,ひいては,法令の適用を誤つたものであつて,原判決の右法令の解釈,適用の誤りおよび事実の誤認は,いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである,というのである。
所論にかんがみ,原判決を調査し,記録を精査してみるに,原判決が被告人に対する本件賭博場開張図利の公訴事実につき,ほぼ公訴事実と同様の事実を認定しながら,賭博場開張図利罪の成立を否定し,被告人につき,賭博罪を認定し,刑法第185条本文を適用して,処断し,そして,本件につき,賭博場開張図利罪を認定しない理由として,所論摘録(イ)および(ロ)のごとく,説示していることは,所論のとおりである。ところで,<要旨>
(一)賭博場開張図利罪は,犯人が自ら主宰者となり,その支配の下に,賭博をさせる一定の場所を提供し,寺銭,入場料等の名目で,利益の収得を企図することによつて,成立するものであり(昭和25年9月14日最高裁判所判決,刑集4巻9号1,652頁参照),賭博者を誘引し,招集することは,その構成要件ではなく(大正12年2月28日大審院判決,刑集2巻159頁,昭和6年11月9日大審院判決,刑集10巻557頁参照),また,同罪にいわゆる賭博場は,必ずしも賭博者の来集を目的とする場所でなければならないわけのものではないのであつて(大正4年3月1日大審院判決,刑録21輯181頁,昭和7年4月12日大審院判決,刑集11巻367頁参照),刑法第186条第2項にいわゆる「賭博場を開張する」とは,賭博の主宰者として,その支配の下に,賭博を成立させるべき場所を設定することであつて,必ずしも,賭博者を特定の場所に,いわば物理的に,集合させることは要しないものと解する。
そこで,本件において,いわゆる「野球賭博」の主宰者とされた被告人が,右のごとき意味において,賭博場を開張したかどうかにつき,考えてみるに,原判決挙示の各証拠によれば,被告人が本件のいわゆる「野球賭博」を行なうために,名古屋市a区b町c丁目d番地所在のA組B支部事務所に,電話,事務机,特製の売上台帳,メモ帳,スポーツ新聞,プロ野球日程表等を備え付け,その配下のC,D,EおよびF等をして,同事務所において,電話により賭客の申込みを受けさせ,あるいは,右事務所外で受けた賭客の申込みを集計して,これを整理し,さらには,プロ野球の勝敗の結果に基づいて,勝者に支払うべき賭金(勝金)ならびに徴収すべき寺銭の計算などを行なわせていたことが認められるから,右事務所は,まさに,賭博をさせる一定の場所に該当するものというべきであり,被告人は,本件のいわゆる「野球賭博」の主宰者として,その支配の下に,賭博を成立させるべき場所を設定したものというに足り,刑法第186条第2項にいわゆる「賭博場を開張した」ものと断じなければならない。また,(二)原判決挙示の各証拠によれば,本件の「野球賭博」と称する賭博は,原判決が説示しているように,各試合の対戦チームによるハンデイを調整して,双方のチームに対する賭金の額がなるべく合致するように,計画はするけれども,一方のチームに対する賭金の額に制限されることなく,他方のチームに対する賭けの申込みに応ずるものであり,従つて,双方のチームに対する各賭金の額がたとえ合致しなくても,賭博を成立させ,その勝者に対し,約束に従つた賭金(勝金)が支払われるものであることが認められるから,双方チームに対する賭金額の不一致による危険の負担は,結局,その主宰者である被告人において引き受けなければならないのであるが,右の各証拠によれば,本件において,被告人は,本件賭博の際,その賭博の勝負が決定した都度,当該勝者に支払うべき金額の一割を,寺銭として徴収していたものであり,また,双方チームに対する賭金が同額にならない場合を,できるだけ少くするために,いわゆるハンデイを調整して,賭客の誘引をなし,それでも,双方チームに対する賭金がなお同額にならない場合には,被告人が不足分を補填して,いわゆる「けつ」をとり,不足金額につき,危険を負担していたものであることが認められるから,賭金不一致の場合において,被告人が当該不足分を補填し,その不足金額につき,危険を負担したのは,あくまで,被告人が賭博を成立させて,寺銭を徴収し,利を図るための手段に過ぎなかつたのであつて,その主眼は,同人が賭博の主宰者となり,その支配下に,賭博を成立させることにあつたものと断定するに十分である。
そうとすれば,原判決が前記(イ)のごとく,賭博場開張図利罪の構成要件として,賭博を行う一定の場所に,賭客を誘い集めることを要するものと解し,前記A組B支部事務所をもつて,賭博者の来集を目的とする場所でなく,刑法第186条第2項にいわゆる「賭博場」に該らないとしたのは,明らかに,同法条第2項の解釈を誤つたものというほかなく,また,原判決が前記(ロ)のごとく,賭金不一致の場合に,被告人が不足分を補填し,これにつき,危険を負担したことをもつて,同人が自ら相手客の申込む賭博の相手方となつて,賭博をなしたものと認定したのは,明らかに,事実を誤認したものというべきであり,原判決挙示の各証拠によれば,被告人に対する本件賭博場開張図利の公訴事実は,これをすべて優に肯認しうるところであり,いずれも賭博場開張図利罪を構成することが明らかであるから,原判決が同罪の成立を否定し,被告人につき,賭博罪を認定したうえ,刑法第185条本文を適用して,処断したのは,法令の解釈を誤り,事実を誤認し,ひいては,法令の適用を誤つたものであつて,原判決の右法令の解釈,適用の誤りおよび事実の誤認は,いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかであると断ずるほかなく,従つて,原判決は,到底,破棄を免れないところであり,論旨は,結局,その理由があることに帰着する。よつて,本件控訴は,その理由があることになるので,刑事訴訟法第397条第1項,第380条,第382条に則り,原判決を破棄したうえ,同法第400条但書に従い,当裁判所において,被告人に対する本件被告事件につき,さらに判決をすることとする。
(罪となるべき事実)
被告人は、暴力団A組のB支部長であつたものであるが,第一,昭和45年6月21日,名古屋市a区b町c丁目d番地所在の右A組B支部事務所内において,松田貞男等数名の者をして,同日夜行なわれたプロ野球セントラルリーグの野球試合の勝敗に関し,一試合当り一口一,〇〇〇円の割合で,一口以上の金銭を賭けさせ,俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて,その勝者から,寺銭名下に,一定割合による金員を徴収し,第二,同年6月23日,前記A組B支部事務所内において,G等数名の者をして,同日夜行なわれたプロ野球セントラルおよびパシフイツク両リーグの野球試合の勝敗に関し,前同様,一試合当り一口一,〇〇〇円の割合で,一口以上の金銭を賭けさせ,俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて,その勝者から,寺銭名下に,一定割合による金員を徴収し,第三,同年6月26日,前記A組B支部事務所内において,HことH等十数名の者をして,同日夜行なわれたプロ野球セントラルおよびパシフイツク両リーグの野球試合の勝敗に関し,前同様,一試合当たり一口一,〇〇〇円の割合で,一口以上の金銭を賭けさせ,俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて,その勝者から,寺銭名下に,一定割合による金員を徴収し,第四,同年6月24日,前記A組B支部事務所内において,前記H等十数名の者をして,同日夜行なわれたプロ野球セントラルおよびパシフイツク両リーグの野球試合の勝敗に関し,前同様,一試合当たり一口一,〇〇〇円の割合で,一口以上の金銭を賭けさせ,俗に「野球賭博」と称する賭銭博奕をさせて,その勝者から,寺銭名下に,一定割合による金員を徴収し,もつて,それぞれ賭博場を開張し,利を図つたものである。
(証拠の標目)(省略)
(累犯となる前科)
被告人は,昭和40年2月26日名古屋地方裁判所において,傷害および暴行の各罪により,懲役4月に処せられ(同年7月20日同裁判確定),同年11月19日右刑の執行を受け終つたものである。右の事実は,検察事務官作成の被告人の前科調書によつて,これを認める。
(法令の適用)
法律に照らすと,被告人の右判示第一ないし第四の各所為は,いずれも刑法第186条第2項に該当するところ,被告人には,前示累犯となる前科があるので,同法第56条第1項,第57条に従い,判示各罪につき,それぞれ法定の加重をし,以上は,同法第45条前段の併合罪であるから,同法第47条本文,第10条に従い,犯情の最も重いと認める判示第一の罪の刑に,法定の加重をした刑期の範囲内において,被告人を懲役1年2月に処し,同法第21条に従つて,原審における未決勾留日数中20日を右本刑に算入することとする。
以上の理由によつて、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官 上田孝造 裁判官 杉田寛 裁判官 吉田誠吾)